を、私は知りません。
何故か知らないけど「終わってしまえばいいのに」ってよく思います。
爪がはがれかけてて不快だし、以前は自傷するときに目的以外の所まで切っちゃってぷぃってしたり、なんか、そんな些細なこと気になるくせに「何もかも終わってしまえばいいのに」って思います。
それと同時に、世界が終わる前に、私が存在しているかということが疑問です。
私の存在は幻である可能性もあり、私自身私がここに存在していることなど証明できません。
また、同様に世界が存在していることの証明は誰ができるのでしょうか。
世界が終わる終わらない前にこの世界が存在していることを確証できず、もしかしたら、私の見ている幻かもしれないということ。この24年間がもしかしたら夢オチであるかもしれない、ということ。
この世界を誰がどのように証明できるのか。
死んだらどうなる?私はどうなる?世界はどうなる?それと同じくらい疑問です。
高3のとき、数学の授業を聞きながら、∞について思いを馳せていました。
無限という世界の証明はどのようにするのだろうか。理屈の上では、紙面上では、出現する無限を、私のような凡人の頭で考えることなどできるのでしょうか。
以前、東大の数学の先生に聞いてみたところ、一度トリップしたあと涙を浮かべながら、一日かかっても語りきれない、とおっしゃいました。


こんなこと語りながら、まぎれもない受験生です。
大学受験(センター直前)と同じく、直前に失恋して、好きだった男のその後の女を目の当たりにしちゃってる、そんな受験生です。
“the secret”を考えれば、同じような現実を引き寄せているということでしょう。
自分が同じような現実を引き寄せているとしたら、自己責任です。
幸いクラスメイトはみんな切羽詰ってるのでガールズトークになることはどちらにせよありません。
最近ある友人(♂)と年がら年中連絡をとっているのですが
どうやら、私はやたら冷静なようです。
失恋して一度は取り乱すのですが、次の瞬間には、その感情が何なのか分析が始まります。
「あぁ。これは怒りなのか。」とわかると「あぁ。私は今までこのような怒りの感情を持ったことがないのだな。初体験だ」と続くわけです。
そして、また次の瞬間には取り乱し
次の瞬間には許せる部分と許せない部分をきちんと整理し理解しようとするのです。
ちなみに人を嫌いになることは私には不可能です。どんな人でも必ず好きな部分があるから、私は人を嫌いになることができないのです。
それはともかくとしても、普通の女の子(私の想像上ですが)ならば、もっと感情に素直になって、ぎゃーぎゃー泣けばいいと思います。
けど、そのようなことはさほどありません。最長でも15分程度でしょう。最近は1分持ちません。
今日も非常にムカついてうわぁってなって医学が頭に入らなくなって
次の瞬間には、その感情の分析が始まるわけです。
「あぁ。私が(指が細すぎて)叶わなかったペアリングを見ちゃったから、取り乱したんだ」と。
これはどうやら今に始まったことではなく、どんなに感情を寄せる男の人に出会ったとしてもメリットデメリットがきちんと言えちゃう程の冷静さを持ち合わせているようです。
メリットデメリットが言えちゃうということは、恋愛ではない可能性もあります。
どんなに取り乱してもどんなに夢中になっても100%になることはない。
つまり感情を100%出すことは今までなかったのでしょう。
私が生まれるとき、選択肢「感情に素直になる」「冷静に大人びた人生」の二つを提示され、後者を選んだのかもしれません。
その根拠として、どうやったら大人に気に入られるか、ということを小学生の時点で知っていました。
そんな私が、もしかしたら他の人と考え方が違うのかもしれない、と気づいたのは、大学に入ってからのことでした。それほどまでに純粋です。
私は、そんな私が好きです。
そして、ごめんなさい。

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